公益財団法人白鶴美術館

展覧会情報

2019年 春季展

新館

コーカサスの絨毯

概要

 言語のるつぼと称されるコーカサス。黒海とカスピ海に挟まれ、コーカサス山脈が中央に聳えるこの地は、世界で最も民族と文化が多様性に富むとされます。コーカサスで織られた絨毯は、概ね色鮮やかで、かつ抽象化された文様によって、大胆な印象を伴っています。しかし、細部を観察しますと、生産地ごとの特徴をみることができ、絨毯においてもその裾野の広さを認めることができます。白鶴美術館には、コーカサス各地の絨毯が所蔵されていますが、この展覧会は、それらを一堂に会した地方ごとの違いを紹介する初めての試みです。

主な展示品
クバ(アフシャン)、
コーカサス
208×125cm 1900年ごろ
クバ(アフシャン)、コーカサス
クバ(アフシャン)、コーカサス
208×125cm 1900年ごろ

 現在、東のカスピ海と西の黒海に挟まれ、北はロシア、南はイラン、南西はトルコと接する英語名コーカサス、ロシア語名カフカースと呼ばれる地域は、古来アジアとヨーロッパを結ぶ回廊の役割を果して来た。大きくは5000メートル級の高峰が連なる大コーカサス山脈によって北コーカサスと南コーカサスに分けられる。その南コーカサスはアゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア(グルジア)の3共和国からなっていて、その内、一番面積が大きく、人口も多いのが唯一テュルク語系の民族を中心とするアゼルバイジャン共和国(首都バクーはカスピ海に面した重要な港湾都市)であり、クバは共和国内南のシルヴァンと、北方のダゲスタン共和国(ロシア連邦の構成共和国)の間に位置する主要都市である。
 さて、この絨毯を観た時、まず最初に目をひくのは中央部を占める長方形の大きな赤地のフィールドに施された上下左右に計6つある白く細長い幾何学文様ではないだろうか。フィールド内全体の文様は一瞬シンメトリーのようにも見えるが、実際のところはかなり違っていて、その文様構成が興味深い。多くの文様は花柄を意識しているように思えるが、特に注目すべきは中央の六角形の文様から少し離れた上下に表された動物文様かもしれない。2種類の動物が計4頭表現されているが、いずれもユニークな造形で、上方は頭飾りと尾羽風の尻尾からすれば孔雀を連想させるけれども、脚の造形からして鳥ではなく獣の類であろう。また、下方の四足獣は折れ曲がった耳?と垂れ下がった尻尾を有していて、何ともユーモラスな姿である。これらの動物の向きからすれば、この絨毯は上下を意識して織られたものと考えられる。フィールドを取り囲む内側と最外周のマイナーボーダーには3色からなるカーネーションと推察されている花が満たされており、その間のメインボーダー内の斜め文様は理髪店の看板に見立てて、バーバースポールと呼ばれている。

シルヴァン、コーカサス
182×128cm 20世紀初期
シルヴァン、コーカサス
シルヴァン、コーカサス
182×128cm 20世紀初期

 アゼルバイジャン共和国内のシルヴァンはコーカサスの主要な織物地域の一つであり、カスピ海に面した東海岸中央部からほぼ3,400キロメートル内陸に位置している。
 そこで織られたこの絨毯の紺色地のフィールド内には壁龕と思しき長方形が四つ配されており、そこの濃紺地を満している牡羊の角形を思わせる文様は実際、何を意図したものだろうか?実は同様の文様が2本のマイナーボーダー内に、そして中央の白地に表された数字の6や9を反転させたかの如き文様が、マイナーボーダーに挟まれたメインボーダーにも表されていて、その目指すところが何処にあったのか、とても興味をそそられる。また、フィールドの上と下に表されたそれぞれ5個ずつの奇妙な形態、更に中央を占めるどこか建築物を想像させる2つの文様など、この絨毯はかなり奥深いものを有していると感じさせる。

モーガン、コーカサス
247×158cm ウール 20世紀初期
モーガン、コーカサス
モーガン、コーカサス
247×158cm ウール 20世紀初期

 イランとアゼルバイジャンとの国境に位置する丘陵地帯のモーガンで織られた絨毯。鍵状の文様をいたる所に配する所謂メムリンクである。フランドルで15世紀ルネサンス期に活躍したハンス・メムリンク(1433頃~1494)の絵画にこのタイプの絨毯が描かれることから、このように称されるようになった。
 画面中央に八角形の枠を六つずつ串状に連ねたものを二列設け、その縁や内部に鍵文様を表し、とりわけ内部で鍵文様が組み合わさって菱形を成す文様をメムリンク・ギュルと呼ぶ。また八角形の縁に表される鍵文様は、絨毯の中心線に沿って置かれる菱形文様の外郭をも形成する。絨毯の外側のボーダーに沿ってもメムリンク・ギュルが並列しており、絨毯全体に鍵文様とそれを組み合わせて生み出される菱形文による小気味よいリズムが展開される。分解と合成という文様表現の原点を想起させる。
 ハンス・メムリンクの絵画では、当作品のような絨毯が、聖母子や百合の下に描かれ、聖母マリア(百合=マリアの象徴物)と特に関連付けられているようであるが、これは、この種の絨毯の文様が持つ「生成」のイメージに因るのかもしれない。

カラバフ、チョンゾレスク、
コーカサス
257×145㎝ 20世紀初期
カラバフ、チョンゾレスク、コーカサス
カラバフ、チョンゾレスク、コーカサス
257×145㎝ 20世紀初期

三つのメダリオン(メダル形)が赤いフィールド(中央画面)に描きだされている。ペルシア絨毯に典型的な単一中央形の「メダリオン」とは異なり、コーカサス地域の絨毯では、やや横に伸びたメダル形、星型などを複数連ねるような構図が多くみられる。この絨毯では、それぞれのメダリオンの外側を緑と白線で縁取っているが、メダリオンの区画が明確に表わされることも、特徴のひとつといえるだろう。各メダリオン内側の短い曲線は、「クラウド・バンズ」(雲の帯)と呼ばれ、中国の「雲気文」との繋がりが指摘される文様である。

資料