展覧会

2016年 春季展

新館

美術品としての絨毯 ~文様の今昔(こんじゃく)~

我々の日常生活にかなり浸透し、馴染みのある絨毯。絨毯をみる際、私たちは茫漠としたイメージで全体を捉えがちですが、そこには実に多種多様な文様が織り成されております。その中には、伝統を映し、写し続けられた文様と共に、製作時に革新的に生み出されたものもあります。また西洋絵画の中にも、モティーフの一つとして当時使われていた絨毯自体が写し込まれ、美術の歴史の展開の中で絨毯を捉えると、そこに重層的に存在する価値に気づくことができます。

本展示では、主に19世紀後半~20世紀初頭に製作された白鶴美術館所蔵のオリエント絨毯の悠久の歴史と清新な息吹に満ちた世界へと皆様をお連れします。

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主な展示品

イスファハン、ペルシア中央部(アーマッド工房)

20世紀初期 213×142cm

外側からマイナーボーダー、メインボーダー、マイナーボーダーと名付けられた幅の狭い、広い、そして狭い3重の装飾帯で囲まれた広い長方形区画の、中央を大きく占める18の短い弧線で区画された意匠をメダリオン(メダイヨン)と呼ぶ。イスラームの神秘主義的な解釈に拠れば、これは宇宙と信仰の中心、すなわち森羅万象を掌る唯一絶対の神の統一を象徴するもので、また天国へ到る入口とも考えられる。つまり、絨毯に表された文様は単なるデザインではなく、奥深い精神性を秘めている。

この絨毯が織られたイスファハンはイランの現首都・テヘランの南約340kmに位置する都市で、美術工芸の黄金時代・サファヴィー朝(1501~1736年)第五代シャー・アッバース1世(在位1587~1629年)によって、1597年首都に定められ「世界の半分」とまで称賛され繁栄を遂げた世界屈指の都であった。ここにみる多種多様な花木や花の表現は、まさに洗練の極みに至ったシャー・アッバース文様と呼ばれる伝統的・古典的な花文様を受け継いでいると思われる。

フェルテェック、アナトリア中央部

19世紀中期 178×118cm

トルコ中央部で製作されたミフラーブ絨毯。構図は、16世紀のペルシアやオスマントルコにおける宮廷工房の製作品に類似する。中央部の赤色の枠が、ミフラーブを模したものであり、ミフラーブとはモスクにおける壁龕である。礼拝の方角であるメッカの位置を示す、或いはその先に天国を暗示するとも言われる。本作品では、モスクのタイルやレンガを思わせる幾何学性と植物文様の賑やかな動性とが見事に調和し、中央のミフラーブを引き立てる。

文様は概して様式化しているが、ミフラーブ内は整然とし、中央上部に豪勢なランプ、その下に花を盛る花瓶、そして左右端にモスクの柱が表されることが分かる。また、ミフラーブの縁に沿って、青の三角形を連ねる文様と小さく可憐な花が配され、あたかも水上の植物によって画面が愛でられるかのようである。一方、上部の枠外左右は青の地とし、各々一つの大きな団花文様及び団花文を取り巻く植物の茎や葉によって画面が埋められ、ミフラーブと明らかな対照を示すと共にそれに荘厳性を加える。同様に以上のモティーフの外側の上下に整然と並んだ各三つの花瓶、そして更に外側の黄緑色の地のボーダーも静と動の対を作り出し、画面にメリハリをつける。ボーダーにおける植物文様には、赤色の円形内に十字の形象と四つのチューリップのような花を入れる文様が計六つあり、これらは植物文の核となって、他の蔓や葉はそこから生じる様子を示す。団花文と共に遅くとも6世紀の仏教美術には採用されていた古式の文様で、植物文の中でも格の高いものであることが理解される。

モーガン、コーカサス

20世紀初期 247×158cm

鍵状の文様をいたる所に配する所謂メムリンク絨毯。フランドルで15世紀ルネサンス期に活躍したハンス・メムリンク(1433頃~1494)の絵画にこのタイプの絨毯が描かれることから、上記の名称を伴うようになった。

画面中央に八角形の枠を六つずつ串状に連ねたものを二列設け、その縁や内部に鍵文様を表し、とりわけ内部で鍵文様が組み合わさって菱形を成す文様をメムリンク・ギュルと呼ぶ。また八角形の縁に表される鍵文様は、絨毯の中心線に沿って置かれる菱形文様の外郭をも形成する。絨毯の外側のボーダーに沿ってもメムリンク・ギュルが並列しており、絨毯全体に鍵文様とそれを組み合わせて生み出される菱形文による小気味よいリズムが展開される。分解と合成という文様表現の原点を想起させる。

ハンス・メムリンクの絵画では、当作品のような絨毯が、聖母子や百合の下に描かれ、聖母マリア(百合=マリアの象徴物)と特に関連付けられているようであるが、これは、この種の絨毯の文様が持つ「生成」のイメージに因るのかもしれない。

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